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質問:新しい護摩木・護摩焚きについて

目の悪い人など小さい護摩木を書くのが難しい人が、今までの護摩木に新しい書き方をするのは?…構わない。

今までの護摩木は?…今後もずっと続ける。

新しい護摩木では、縦書きでも横書きでも?…どちらでもいい。縦横無尽で自由自在。

まず目的が定まる。100万枚護摩木を集めて護摩焚きをするとしたら、月多い時は10万枚。
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10万で焚き上げると何時間かかる?今まで15千位で、ゆっくりしていたら1時間以上かかっていた。
一番最初はゆっくりして、2時間かかった。10万枚になったらどうする?今までのやり方だったら、5千が1時間としたら、
10万枚で20時間かかる。夜中から始まって、20時間かけて護摩焚きする?少なくとも23時間で終わりたい。

10万枚集まった時にどういう焚き上げをするか。今までの護摩木だと大きすぎてダメ。
まず小さく3分の一くらいの大きさにしたのは、そういう意味がある。それと携帯に便利でいつでも書ける。
3分の一になってもまだ、時間短縮できない。だから出来るだけ薄く仕上げようとしている。前は5ミリだったのを、
3ミリくらいに仕上げようとしている。10万集まった時に、本当の意味で短い時間で焚き上げ出来るように。
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万集まった時は、今のステージの護摩壇の上に網を乗せて、下で焚き上げて、網の籠を一回上に乗せるようにして、
一段かさ上げして焚くようになるけど、少なくとも2時間以内に納めたい。そういう10万集まった時の焚き上げに合わせて、全部整えてくる。

だから神さまが決めてこうしなさいって言ってきた時に、どうしたらそれが実現できるか、可能になるか。
自分達の考えでこうしてああしてでは、目標に到達できない。だから神さまの側から、考えないとダメ。
護摩木作りでも、今まで年間3回で15千の護摩木があったら大丈夫だった。それでも仕事の合間で作るのは大変だった。
今度は一年間で150万作っておかないと。

今一番護摩木を作りにくい時期。12月は寒いし、木も乾燥しにくいし。そういう123月の間に、もう150万作らないとダメだと思う。
そうしないと実現しない。そうしたらどうなるか。150万。今まで一年間で15千。今度は23ケ月で150万。
100倍速くならないと、神さまのために役に立たない。100倍スピードアップする。
今までのやり方では全然出来ない。ガラッとやり方を全部変えないと。無駄なことを全部省いて、最短コースでスーッと行くような、
スピードアップをしていかないと、出来ない。作り方がガラッと変わる。無駄を全部省いて、一番スピードアップできる方法を取り入れて、
実現するようにしていかないと。それは必ずできる。

それも我を出したらできない。過去の惰性に流れたら何もできない。新たに新たに、神さまの智恵と力をもらったらできる。
神さまの方は必要なものを循環させてくるから、必ず必要なものを与えてくるから、それに人の側が付いていけたらいい。
邪魔しないようについていけたら、必ずスーッと降りてくる。神さまの中には実現されている、もう用意されている。
それを邪魔しなかったらいいだけ。

邪魔したらスピードが遅れる。我を出して、過去の自分の思いを出して、惰性に流れたらそう、邪魔するから。
邪魔さえしなかったら実現してくる。常に新たに新たにって、神さまの導き・護りを受けて、神さまに動かしてもらえると必ずスッと出来上がる。
絶対不可能はない。いくら100倍速と言っても出来る。それ位できなかったら、本当の奇跡は起こらない。
護摩木作りでもたもたしているようだったら、出来ない。本物の神さまの働きは何億倍凄いことが起こるんだから。
まず護摩木作りが簡単に出てくるように神さまが出てくる。後の方が大きい、護摩木を書いて、どれだけ奇蹟・大奇蹟が、一大奇蹟が起こるか、だから。

元々神さまの世界は一大循環の世界、必要なものを即座にサッと与えてもらえる。どんなものも瞬間に与えてもらって、
必要なくなったら瞬間に消えてなくなる。循環する。それが現実になっていない、というのは邪魔しているだけ。循環を止めたから。
循環を止めるっていうのは、過去をつかんだり、我を出したりして、神さまの助けを受け入れていない。
神さまの助けを素直にスッと受け入れないとダメ。本心の自分はそれが出来る。我の自分、思いの自分は出来ない。
我の自分、思いの自分は、過去をつかんでしまっているから、新たに新たに、っていう神さまのプレゼントを受け取れない。
過去をつかんだままだから。我を思いの心を、捨てないとダメ。本心を生きるか、我の自分を生きるか、どちらを選ぶか、
どちらに自由意志があるかって言うと、本心の側にある。我の自分、思いの自分には自由意志は無い。
本心の自分を生きるかどうかで、自由意志を発揮しているかどうかが決まる。

どんなものも自由が無かったら、幸せになれない。自由を縛られたら絶対幸せではない。本当の幸せの根本は自由。
自由自在、ここにある。自分が自由意志で何でも選んでいないと、幸せになれない。本心を生きるかどうかは、自由自在に生きているかどうか。
悟りを開くっていう、仏になる、この仏って言うのは、ほどける。縛りから自由自在になる。
悟った自分は、全ての縛りから抜け出て、自由自在になっている。自由自在な自分に戻ること。過去の縛りに絶対あったらダメ。
思いや我の心に縛られたらいけない。また人の言いなりになったらダメ。色んな誘惑もダメ。
強制力もそうだし、全ての縛りっていうのは、思いの心。縛ってくるのは、過去の残像の思いの心。
その縛りから、完全に自由自在な自分に戻らないと。本心の自分をしっかりと生きようとしたら、負けない。



(平成27年1月10日のお話@)