真理の無尽灯、という言葉もあるけれど、真理の光は、与えれば与えるほど、
尽きることのないともしびになって広がる。火を点火していくほど、順番に明るくなる。
光をともしていくほど、無限のともしびが輝いて、大きく明るくなっていく。
その真理の言葉をみんなに与えるということは、光をともすこと。
みんな心は、言葉通りの心になっている。本当の真理の言葉を心に受け入れた、
そういう人は、本心が明るく輝いている。でも虚のプラスの言葉では、虚の自分になっている、
思いの自分になっている。マイナスの言葉だったら、マイナスの心の自分。
七難八苦で一杯の心の状態の自分になる。

だから真のプラスの言葉を与えたら、その人は必ず本心の輝いた人に変わってくる。
その人がどれだけマイナスを持っていようが、無関係。マイナスに力があるのではない、
プラスに力がある。闇に力はない、光に力がある。光を与えたら、闇はすっと消えて引っ込む。
プラスを与えたら、マイナスは消えて無い。プラスを、真のプラスを与え続けるというのが、
この世的には一番必要な大事なこと。この世の人の幸せを大きくする一番の方法は、
プラスの言葉を与え続けるだけ。みんな言葉だけで幸せになる。物ではない。言葉。
御馳走を、これは美味しい御馳走だよと言って貰ったら、御馳走になる。
ところが同じものを与えても、ここに毒を混ぜているよと言われたら、
その一言で、御馳走ではなくなる。大きいマイナスのものになってしまう。

だから言葉で人は幸せにもなる、また、幸せから遠ざかる。みんなに真の神さまを与え続けるという、
みんなに真のプラスの言葉を与え続けるということは、みんなを幸せ一杯にしてしまうことになる。
だから、真祈りというのは、真の神さまを与え続けて、真の神さまで埋め尽くして、
真の神さまだけにしてしまうという祈り。そしたら、自分の相手にするのは、真の神さまだけしかない。
闇や虚を、マイナスを相手にしない。自分は、真の神さまだけを与え続けて、
それを全てに埋め尽くして、真の神さまだけに変えてしまう。一切マイナスを相手にしていない。
これが本当の祈り、真祈りになる。だから、プラスだけが降り注ぐ、循環する。
だから、虚の世界の与える祈りでは、まだマイナスを相手にする。
マイナスをプラスで埋めようとする。そうすると、持っているプラスは全部吸収されて無くなる。
虚の世界は、全部そう。

今の世の中全部、虚の世界の生き方をとっているのは全部、プラスと思っていることは、
みんな大きいマイナスを背負っているすがた。お金が儲かったといったら、
片一方で全部損している人が一杯いる。今は円高で大変というのも、今は円高でいいというのも、
どっちも貸し借りの世界。今は円安で輸出産業は儲かってるという。
でも、輸入する方は、損している。だから、儲かっている人は、損している人を生み出しているのと同じ。
だから、借金を背負っている。

虚の世界は全部、プラスとマイナスの貸し借りの状態になって存在する。
だから、貸し借りを精算したら、ゼロになる。無に戻る。だから、極楽にいる人が、
地獄の人の苦しみを全部取ってあげたいと思ったら、自分の持っているプラスを全部、
地獄の人に与えたら地獄の人はゼロに戻る。極楽の人もゼロに戻る。
でも、ゼロに戻っても、誰一人幸せではない。ゼロというのは、何もないという意味。
苦しみはないかもしれないけど、楽しみもない。ゼロは、何もないという世界。

だから、虚の世界だけでは、誰も、誰一人、幸せになれない。
自分が幸せと思った時は、人を不幸に落としている。自分が権力を握って、贅沢三昧したって、
その代り大勢の人を虐げて、奪い取って不幸に落としている。表面だけを見てもそう。
奥から見たら、もっともっとすごいことを、マイナスを一杯、積み重ねている。
借金で一杯になっている。

だから、今のこの地球の状態を見ても、虚の世界のすがたは、救いようのないすがた。
何をしてもマイナスを増やしている。いつ全部が崩壊して、消えてもいいくらいのすがたを
取り続けている。だから、この今の虚の世界のすがたを、どうしたら変えられるか。
救いたい、救いたいだけでは、足りない。マイナスを相手にしない生き方が絶対に必要になる。
全て言葉通りになるというのが法則だったら、そう。本当のプラスの言葉だけを与え続けて、
プラスに全部置き換えないとダメ。それで、真祈りを祈り続ける人が増えないとダメ。
真の神さまを与え続けて、真の神さまだけにしてしまう。それが真実の世界に戻すこと。

 今年は、午年だから、走り回った方がいいかもしれない。
今年から、『大奇蹟の本 真の言霊のありがとうございます』を全国に真の神さまの分身として、
与え続けようと思う。虚の世界を早く、真の神さまの光で埋め尽くしたい。
真祈りを祈り続ける人は、自然に真理の言葉を伝えたいと思う。
最初は、ポスティングでいいと思うけど、神さまは、同じ与えるのでも、受け取る人にだけに
与えるのではない。受け取らない人にも与えようとする。しつこく何回も何回も、与え続ける。
受け取ってくれるまで与え続けてくれる。

だから、人も神さまのお手伝いといったら、与え続けられる限り、与え続けたらいい。
真理の言葉をどんどんどんどん与え続けたらいい。最初は、反発して受けないかもしれない。
いくらお祈りを勧めても、聞いてくれない人が大半と思う。
でも、一回で聞かなくても100回言ったら聞く人も出てくる。だから、本でも100回配られたら、
読もうとするかもしれない。

本の1冊、真の神さまの分身として派遣する本は、光が一杯だから、御守りにもなる。
1回ポストに放り込んだら、その家全体が光で包まれる。その光で救われる人が大勢、
あの世の人も一杯いる。だから、無駄ではない。光を振りまくだけ。
その中から、読んで、お祈りをする人が増えてくるかもしれない。それをずうっとし続けたら、
虚の世界は消える。1年や2年ではできない。あまりにもマイナスの生き方をとっている人が、
選んでいる人が多すぎるから。それも、神さまの力の方が、遥かに力があるから、
そのお手伝いに生きる人は、どんどんどんどん真祈りを祈りながら、
真理の言葉をどんどんどんどん振り撒いた方がいいと思う。

まず、ポスティングを最初に、中心に、全家庭に、というとどうなる?
凄い量だけど、でも本代なんてしれている。本の製作費なんて僅か。
日本の国家予算だけでも凄い。何に使っているか考えてごらん。
借金を何十兆円と増やしながら、なおかつ贅沢に使っている。
本を作って配るといっても、(国家予算で)100兆円を無駄に使っているとして、
1億円なんて、100万分の1。だから、神さまのお手伝いに生きるという人が、
何もしないで見ているだけというのは恥ずかしい。
全力を尽くして、真祈りを祈って、神さまのお手伝いに、神さまの真理の言葉を伝えよう
というのだったら、必ず、神さまのバックアップ、後押しが必ず出てくる。

本当は、一人でも本当に救われたら、無限の価値がある。本当に神さまと出会えたら、
お金なんかに換算できない、無限の価値がある。そういう人が一人でも増えてきたら、
恩返しに生きる人がどんどん広がって、大きい輪になって、支え合いの力で
大きい運動になっていくと思う。この真理の言葉というのは、一宗一派でもないし、
組織でもないし、もう一切の縛りを消す働きをする光の言葉。
縛りを消してもらったら困るという人は反発するかもしれない。まだ縛られたい人は、
ある程度の時間は縛られたらいい。でも本心の自分は、みんな、一切の縛りから自由になりたい。
縛られるのが1番苦しいはず。そういう人には、1日も早く縛りを解いてあげる方が大事。

この本は、縛りを解く、力のある光になっている。持つだけで、縛りを解いていってくれる。
全部の縛りは一度に解けないかもしれないけど、必ず、心の縛りをどんどん解いて消して、
心を軽くしてくださる。そのお手伝いを今年はみんなで力を合わせて、
順番に少しずつだけどしていこうと思う。

今年の目標として、まず、第1段階100万部の本を作っていくから、それを全国に配ろうと思う。
それを何百万部になるかわからないけど、順番に増えたら増えただけ、
どんどん光を種まきしていこうと思う。だから、みんなの支え合い、助け合いでしていかないと、
支え合い、助け合いがないと、本当の神さまのバックアップがない。個人でやったらダメ。
みんな、心を一つに繋いで、支え合いながらするのが、真の神さまのバックアップを受ける1番の方法。

だから、自分を出したらダメ。我を出さずに、神さまのお陰で、みんなのお陰で、
自分を謙虚に下に落としながら、みんなを讃えながらでいい。そうすると、
神さまの本当の働きが表に出てくる。みんなの本心を引っ張り出してくれる。
我を出すと、みんなの我を引っ張り出すだけ。みんなの本心を引き出せない。

神さまが働かないとなぜ本心が出ないかというと、神さまが1番下から、
支え合うすがたでみんなを助けるから。表に出て、我が出てという人が、
いくら世の中のためにと言っても、反対になる。みんなの我を引き出すだけ。
いくら世の中を助けると言って、大金持ちがお金を寄付しても、我の強い、欲の強い、
色んな人を一杯生み出すだけ。だから、本心を引っ張り出す働きは、1番謙虚に、
自分を下へ下へ隠して、みんなのお陰で神さまのお陰で、とお手伝いをする人、
それが、みんなの本心を引っ張り出すすがた。本心が出たらそうなる。
そういう生き方で、今年は馬のように走りまくろう。

(平成26年1月1日のお話③)