真のありがとうございます 

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祈願柱を自分が作ったと思ったら、自分の作ったものになるけど、神さまが祈願柱になって出て来てくださったと思ったら、すごい働き。
みんな止まって見えているけど、動きがわからないだけ。一秒で宇宙を駆け巡るスピードだったら、動いているのが見えない。
だから、真の神さまが、天照大御神様が祈願柱に変身して出てきたとしたら、無色透明で、大きい光を無限のスピードで循環させている。
そのすがたをどう見ているか。単なる物としての祈願柱と見たら、間違い。
すがたが消えたらわからないから、一瞬一瞬新たに祈願柱のすがたをとり続けてくれているけれども、中身は違うの。
中身が大きい循環する働き。たかが祈願柱ではない。

祈願柱だけではない。一人一人が本当はそう。本心の自分が出てきたら、まず天照大御神様として出てきたら、
無限のスピードで、光源として循環する働き。ただそれを、みんなに見せられるかと言ったら、見せられないから、
一時的に見せる肉体というすがたを取っているというだけ。だから、自分をどう見るか。

この一切の我のない無色透明の自由自在心の自分って、これは本当の自分。この自分の中を真の神さまが貫流する、通り抜けるの。
だから、真の神さまが自分そのもの。真の神さまは、入れ子構造の天照大御神様のすがたを取っているから、
無限の無限の天照大御神様が循環するすがた。その本当の自分が、肉体にすがたを表わしたとしたら、
模型の模型のもう一つ小さい模型になってくる。だから、仮に肉体というすがたを取っているだけ。小さい目印みたいなもの。

そしたらもう、肉体を見るのでも、見方が変わらないと。固定したもので見ていたらダメ。
必要だから一点に止めて見ているけども、中身は無限に大きいものが、無限のスピードで循環している。

本当の祈願柱は自分。本物の祈願柱。それを周りに映したら、あのような祈願柱に見えるの。
水晶玉も増幅器というけど、みんなの体が増幅器。お祈りをして、無限の光を増幅する働きをする。

ありがとうございます一言でいい。何も余計な物をつけなくてもいい。ありがとうございますだけでいい。
まず、ありがとうございますが真の神さまと捉えたらいい。
祈るというのも、与え続けているという風に、真の神さまを与え続けて、全体を埋め尽くして、真の神さまで一杯にして、
真の神さまだけにすると、プラスだけの循環だけになる。本当にプラスだけなの。
ありがとうございます一言で、その言葉に絞り切ったらそうなる。隙間のないように埋め尽くす。
周りに祈願柱が一杯というのは、自分の分身が一杯ということ。分身作り。本心の自分の素晴らしさを気付かしてくれる。


(平成25年11月9日のお話 第2部B)