最初に答えだけを言葉にして受けたらいい。途中なんていらない。問題にすることもない。本当は、答えを一つ言葉にしたらいいだけ。
虚の世界の一番下から順番に言葉を選び続けて、最高の真の神さまの世界まで戻ろうなんておかしい。時間がかかりすぎる。
もう途中はいらない。虚の世界の地獄のどん底に、今あってもいい。最高のプラスの言葉一言でいい。
ありがとうございます一言で、途中全部通り抜けずに、瞬間に移動して、真の神さまだけになる。だから、どの言葉を選ぶかだけ。
一言、自分の自由意志で選んで、それを唱え続けたら、その言葉通りになる。これは法則だから絶対変わらない。
実際それを実行してみたら、結果が必ず出るから、どんな難病の不治の病でも、真の神さまだけと断定できたら、病気なんかない。
瞬間に消えるはず。真の神さまだけ、真のプラスだけ、全て完璧って、本当にそれを選んで唱え続けたら、その通りになる。
過去のマイナスの言葉をどれだけ積み重ねても、そんなの力がない。今の一言が、全部消し切る。瞬間に全部消してくれる。
ありがとうございます一言に、虚の世界を一瞬に消す力がある。
真の神さまと出会いたいと選ぶだけ。出会いたいというのも、まだ分かれているからだめだけど。
それよりも新たな自分、絶対の中心から現われた新たな自分、この方が本物。絶対の中心に立って、そして全ての全てに、真の神さまを与え続ける、
こういう気持ちになった時に、常にありがとうございますを真の神さまに届けている。真の神さまに対して、真の神さまだけを与え続けている。
そしたら、一大循環の相象をとるしかない。ありがとうございますだけが循環する。
湧き上がるように出てきて、循環して、常に新たな自分、新たな自分。真の神さまとしての自分になる。
どれだけ言葉を選ぶか。どういう一言を選ぶか。ここに自由意志の発揮がある。
ありがとうございます一言しか選べないというのだったらだめ。奴隷になってしまう。それしか選べない自分にされていたら、操り人形、奴隷。
だから、どんな言葉でも選べるという自分が、ありがとうございますを選ばないとだめ。本当の自由のあるところに、本当の幸せが湧き上がる。
自由自在というのは、そのために与えてもらっている。本心の自分の本質が自由自在というのは、真の神さまが自由自在というのは、そこにある。
常に、どこへでも、自分を移せる。どういう立場にも立てる。螺旋構造で、全てのところへ行って、全ての立場に立てる。
絶対の中心から、螺旋状に動いて、全ての立場に自分を移して、その立場に立てる。
だから、必要なものを的確に与え尽くす、愛の働きに変わっていく。それも最高のプラスを与える。真の神さまを与え続ける。
新たな真の神さまを与え続けるという最高の与え方。
(平成25年10月5日のお話 第1部A)
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