真のありがとうございます 

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 ありがとうございますも、本当の真の神さまをしっかりと呼ぶありがとうございますになったら、本物の力がある。
一番最初に護摩焚きに参加する時は、マイナスを消してもらうのが、思いを消してもらうのが目的。
どんどん思いを消してもらい、虚の世界のこの世的なプラスを一杯与えてもらい、
そして、だんだんと本心の自分に戻るように助けてほしいって、虚の世界の思いを全部、消してもらおうとする。

天岩戸を開いてもらうというのは、別に何かこの世が変わったのと違う。
やっぱり、本心の自分を引っ張り出してもらっているということ。
真の神さまの世界の天照大御神様、一番末端の天照大御神様でも、無限の無限の輝きを持った神さま。
虚の世界の天照大御神様ではない。虚の世界を全部瞬間に消せる力のある神さま。
天照大御神様を虚の世界に引っ張り出すということは、みんなの本心を引っ張り出してもらうという意味もある。
どこかに天照大御神様が現れて光の柱になって降り立っている、そんな浅い意味ではない。
一人ひとりの本心を引っ張り出してもらっているという意味。そしたら、本心の自分、真の自分に戻りやすくなる。
今度は立場が逆転していく。

今までは、求める心で色々願いを叶えてもらおうとしてきた。今度は、上手に神さまの助けを受けようとする。
上手に受けようとする、受けるということに重点を置いてきた。でも、それではまだ足りない。
今度は与える側に立たないとダメだから、本当に神さまのお手伝いに生きる。神さまの側に立って、プラスを与える側に立つわけ。
そうすると、神さまの後押し、応援の力というのは、入れ子構造的な大きい力。
それが一大循環の相象(すがた)になって体に与え尽して循環するだけ。そうなった時が、一番大きい助けをもらえる
もらえるうよりも、自分の中を貫流する、流れる。どんどんどんどん、大きい自分に引き上げてもらう
絶対の中心にどんどん引き上げてもらうようになる。


 だから、本心に立った時は、我の自分がどんどん消える。これが自分という生き方ではない。本当に神さまのお手伝い。
神さまの中に融け入って、自分が隠れてしまう。神さまの中に融け入った時は、自分が完全に消えていく。
だから、自分が何かするのではない。神さまが自分を通して何かして下さる。神さまの側に立つというのは、そういう意味。
一大循環の中へ自分を置くことは、一大循環の働きが自分の中を流れる。もし、自分があったら飛ばされてしまう。
遥か彼方、無限の彼方へ一瞬に飛ばされてしまう。だから、自分が無くならないと、一大循環の流れの中に入れないから、
だから自分が完全に無くなっていく。自分が何かさせてもらうとか、自分が、ではない。
神さまだけが、一大循環の愛の働きのすがたで、全てに対して本当に必要なものを的確に与え続けて下さるという、
こういう見方になるだけ。そしたら、虚の世界が無くなって、真実の世界にいる自分に戻る。

だから、お手伝いに生きるというけれども、自分を出すためではない。本当の神さまの働きだけを認めるための生き方。
だから、護摩焚きも順番に段階を追って、本物の護摩焚きへ近づけてくれた。次はもう、本物。
与え尽くすだけの護摩焚きに変わる。本当のプラスを与える生き方。その本当の護摩をみんなに伝えないとダメ。

だから、ありがとうございますも、段階が幾通りもある。それで、最後、真のありがとうございます、
言霊のありがとうございますを駆使する、本当に自由自在に使いこなす。それで大きい働きをするようになる。
単なる言葉だったら、単なる相乗効果。真のありがとうございますの祈りの力は、単なる相乗効果ではない。
無限の相乗効果。

だから、今度はガラッと変わる。今までは、二人寄ったら、二二が四、四倍。三人寄ったら、三三が九、倍、そういう相乗効果。
これはまだ、低い段階の虚の世界の話。でも、真のありがとうございますは違う。入れ子構造的、相乗効果。
だから、いつも無限倍、無限倍。そういう働きが加わってくる。だから、本当の大奇蹟を起こす力が備わって来る。

やっぱり、最後は、真の神さまが真の自分、本当の自分という実感をしないとダメだから。
本当に真の神さまに出会える喜び、幸せを味わえる自分に変わること。だから、奥が深い。
真の神さまに出会えてからが、本当の悟りへの第一歩。その自覚が、無限に無限に大きく深くなっていく、
本当の一体感が、大きく深くなる。

一枚の絵を完成させるのでも、みんなでパーッと筆を入れないと早く完成しない。
一人で一枚の絵を描くのも、必要だったらそういう時もあるけど、真の神さまの手伝いというのは、みんなで、絵筆を奮う。
それで完成図を、絵を完成させる。名画を。だから、誰かが描いてくれるからと見ていたらダメ。
自分も、どこかへ一つ、絵筆を入れて行かないと。だから、自分の役目が全部ある。
一つの龍の絵を描くとしたら、自分がどこを描くか。最後に、先生が目を入れてあげるから。龍が飛び出すから。
画竜点睛って、瞳を描いたら、絵の龍が天へ飛び上がるの。


(平成25年1月18日のお話@)